呼吸機能検査の意義とその臨床応用

〜息苦しさの原因をみつけよう~

はじめに

「息苦しさ」は臨床の場では呼吸困難と呼ばれますが、あくまで主観的な症状であり、呼吸不全(PaO2:60Torr以下)と同義ではありません。つまり、呼吸困難はあっても呼吸不全はない場合もあれば、呼吸不全はあるにもかかわらず呼吸困難を訴えない場合もあります(文献1)。息苦しさの評価には、日常生活動作における活動制限を定量化する測定法としてFletcher-Hugh-Jones分類や、MRC息切れスケールがあります。また、息切れの程度を定量化するためのスケールである視覚アナログ尺度(Visual Analog Scale : VAS)や修正Borgスケールを用いて評価する事もできます。しかし、呼吸の基本的な機能である換気を測定する事が息切れの原因を診断、評価する上で重要な検査法です。以下に呼吸機能検査の理論と検査の実際を述べたいと思います。

スパイロメトリー 

 この検査は被験者の口元から出入りする空気の量を測定するものであり、呼吸機能検査の中でもっとも基本的なものであります。図1に比較的安価な測定機器(スパイロメーター)を示します。検査の実際ですが、まず披験者に数回安静換気をしてもらいます。この時の量を一回換気量(Tidal Volume : TV)といいます。引き続き最大呼気位までゆっくり呼出してもらいます。そこから最大吸気位までゆっくり吸ってもらいます。この最大呼気位から最大吸気位までの換気量を吸気肺活量(Slow Vital Capacity ; SVC)と呼びます。一般的にはこの換気量を単に肺活量(Vital Capacity ; VC)と呼びます(図2)。披験者の性別、年齢、身長から算出した予測値に対する実測値の百分率を%肺活量(%VC)といいまして、肺活量の大小の指標としております。

図1
図2

 最大呼気位まで呼出しても肺内に残っているガス量を残気量と呼びますが、これは普通のスパイロメーターでは測定できません。COPDのような閉塞性肺機能障害では、この残気量が増加していき、結果として肺活量も低下する事になります。一方、肺線維症のように肺全体が縮小する病態では、肺活量、残気量の両方ともに減少します(図3)。

図3

 次に呼気のスピードをみる1秒量(Forced Expiratory Volume in 1 second : FEV1)の測定について述べます。この1秒量は努力性呼気曲線を測定するときに、努力性肺活量(Forced Vital Capacity ; FVC)と一緒に算出できます(図4)。最大吸気位から最大呼気位まで、最大の努力で一気に呼出される量をFVCと呼びます。前述した肺活量がゆっくりと測定されるのと違って、「最大の努力で一気に呼出」という点が努力性呼気曲線測定のポイントです。

図4

 努力呼出開始時より1秒間に呼出された量を1秒量(FEV1)と呼びます。FEV1のFVCに対する百分比をGaenslerの1秒率(Forced Expiratory Volume%

in 1 second ; FEV1%)と呼び、呼出しやすさの指標として用いています。他にVCを分母にしたものをTiffeneauの1秒率と呼ばれますが、近年は1秒率という時はGaenslerの1秒率を指していると考えてよいでしょう。

 1秒率は閉塞性肺機能障害(70%未満)の有無を検出するものですが、その重症度を示すものを%1秒量(%FEV1)と呼びます。この%FEV1は、性、年齢、身長に基づいた1秒量の予測値に対する百分比であり、閉塞性障害の重症度を示すことができます。たとえばCOPDのガイドラインではCOPDの病期を示す指標として%FEV1を使用しております(表1)。なおガイドラインでは気流閉塞の程度(%FEV1)に臨床症状を加味して重症度を決定しております。

表1

フローボリューム曲線

 図5に最大吸気位から最大呼気位まで一気に強制呼出させたときの、呼気流量と肺気量の関係を示します。被験者が最大の努力をすると、呼気流量は呼出開始直後に一気に最大呼気流速(Peak Expiratory Flow ; PEF)に達し、そのあと呼出するスピードは徐々に低下していきます。閉塞性障害がない正常の場合は、ピークフローから最大呼気位まではほぼ直線となります。しかし、気管支喘息やCOPDのように閉塞性障害がある病態では、ピークフローが低下するばかりでなく呼気流速が急速に低下するため、フローボリューム曲線の下降脚が下向きに凸となります。この特徴的な下降脚の形状は、1秒率が正常範囲にある軽度の閉塞性障害を同定するのにも有用です。

図5

  図6に正常例と閉塞性障害例(重症COPD)の努力呼気曲線とフローボリューム曲線(FVカーブ)の関係を示します。FVカーブにおいてCOPD症例ではピークフローが正常例の半分以下ですし、呼気曲線の下降脚は呼出とともに急速に流速が低下しています。

図6

 さらにFVカーブの形状をチェックすると、その検査が適切におこなわれたか否かを評価する事ができます。図7のAが正常例で、検査も妥当におこなわれていると判断されます。Bは最初の呼気努力が不足しているので、ピークフローまでの傾きがなだらかでかつピークが低くなっています。Cでは呼気努力が全般に不足しているため、台形の形状を呈しています。ただし、上気道の閉塞(気管腫瘍、異物など)のような病態が有るためにこのような形状を呈する事もありますので、呼吸音などでの鑑別が必要になります。Dでは呼気の途中で咳をしたために下降脚がギザギザになってしまっていますので測定が不正確になります。さらにEのように呼気を最後までできない事もよくみられますが、FVCの測定値が少なくなる原因につながります。

図7

 スパイロメトリーはCOPDや気管支喘息のような閉塞性肺機能障害を生ずるような病態では鋭敏な診断能力を発揮します。咳や軽い息切れを訴える方には積極的に肺機能検査を実施するようにしたいものです。また、全身管理を必要とする外科系の先生方も肺機能検査でCOPDや喘息を見つけ出して肺機能障害を少しでも改善するように治療して下さい。それが術後の呼吸器合併症をへらすことにつながります。

桜十字病院 吉永 健

参考文献

1、Donald A. Mahler ,Denis E. O’Donnel : Dyspnea. -Mechanism, Measurement, and management-. Lung Biology in Health and Disease.Vol.208 Taylor & Francis 2005

2、相澤久道他:日常診療・呼吸ケアに役立つ肺機能(第2版)九州肺機能談話会 大道学館出版部 2009

  • 日本呼吸器学会編:COPD(慢性閉塞性肺疾患)診断と治療のためのガイドライン(第3版)2009
  • 岡本和史:エキスパートの呼吸管理 中外医学社 2008

 

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