ウイルス性肝炎

独感染によって肝臓に特異的に慢性炎症を起こす肝炎ウイルスは、B型肝炎ウイルス(HBV)とC型肝炎ウイルス(HCV)であり、いずれも血液・体液を介して感染が成立する。HBVの解明は1964年のオーストラリア抗原(後のHBs抗原)の同定に始まり、1970年にDane粒子が同定され、1979年にHBV DNAの測定が可能となった。一方、HCVは1989年に発見され、それまでに非A非B型肝炎とされていた症例の大半がHCV による肝障害であることが明らかとなった。

 HBV感染は出生時ないし乳幼児期に成立(それぞれ母子感染あるいは垂直感染、水平感染)すると、90%以上の症例で持続感染に移行(キャリア化)する。一方、本邦に多いゲノタイプC、Bでは、成人感染のほとんどは急性肝炎発症例の約2%の劇症化例を含めて一過性の疾患として終息する。欧米型のゲノタイプAでは5~10%は慢性化するとされる。感染制御においては、1972 年に日本赤十字社の血液センターでHBs 抗原のスクリーニング検査が開始されたこと、1986 年に母子感染防止事業に基づく出生児に対するワクチンおよび免疫グロブリン投与が開始されたことが大きく寄与しており、また2016年10月からHBVワクチンが0歳児へ定期接種化(いわゆるユニバーサルワクチネーションが実施)されたことで、今後性行為感染を主とした水平感染が大きく減少することが期待される。

 HCVは感染が成立すると急性の経過で治癒するものは約30%であり、約70%では感染が持続し慢性肝炎へと移行する。劇症化は稀である。1989年12月には輸血検体に対する日本赤十字社でのHCV抗体スクリーニング検査が開始され、1997年にはHBV、ヒト免疫不全ウイルス(HIV)とともに拡散増幅検査が導入され、輸血後肝炎はほぼ認められなくなったが、未だ有効なワクチンは開発されていない。

 HBVキャリアの約90%においては、若年期のHBe抗原陽性からHBe抗体陽性へとHBeのセロコンバージョンを起こす時期(免疫応答期)を経て肝炎は鎮静化し、病態は安定化(低増殖期へ移行)する。残りの約10%の症例で、ウイルスの増殖とホストの免疫応答(期)が持続して慢性肝炎の状態が続き、年率約2%で肝硬変へ移行し、肝細胞癌、肝不全に進展することがある。自然鎮静化、肝炎持続のいずれに至るかの見極めは容易ではなく、抗ウイルス作用と免疫賦活作用を有するインターフェロン治療は現在も重要な治療法の一つであるが、治療の適否には専門的判断が必要となる。インターフェロン治療の適応とならない慢性肝炎および肝硬変の治療としては、逆転写酵素阻害剤であるエンテカビル、テノホビル製剤がHBV増殖抑制、肝炎鎮静化において極めて有用である。これらの薬剤の単独あるいは併用治療によって、ほとんどの症例でHBV増殖の制御が得られる。ただし、治療によってHBVは体内から排除されないため、長期投与が原則となる。

 HCVは抗ウイルス治療により排除が可能であり、持続感染によって惹起される慢性肝疾患の長期予後の改善のために排除を目指す。HCV発見後、1992年に本邦でインターフェロン治療が保険適用となった。2004年からはペグインターフェロン+リバビリン治療が標準となったが、HCVのゲノタイプ、ウイルス量、ウイルス変異、ホスト因子としてのIFNλ3 (IL28B)の遺伝子多型などによりHCV排除率は異なった。2014年にインターフェロンフリーの直接作用型抗ウイルス薬(direct acting antivirals: DAA)による治療が登場して、排除率の上昇と副作用の低減が得られるようになり、治療は一変した。現在は、慢性肝炎~代償性肝硬変に対してはDAAとしてグレカプレビル/ピブレンタスビル配合錠、ソホスブビル/レジパスビル配合錠あるいはソホスブビル/ベルパタスビル配合錠+リバビリン)、非代償性肝硬変に対してはソホスブビル/ベルパタスビル配合錠での治療が基本であり、慢性肝炎~代償性肝硬変例に対するHCV排除率は総じて98%となっている。詳細は、HBV、HCV治療とも日本肝臓学会ガイドラインを参照されたい(https://www.jsh.or.jp/medical/guidelines/jsh_guidlines/, 参照2022年12月13日)。

 世界に目を向けると、世界保健機関(WHO)の2016年の報告で、世界の肝炎ウイルスの急性感染、肝癌、肝硬変による年間死亡者数は140万人と推計され、原因となる多くの肝炎ウイルス感染者が存在しているため、早急な対策がなければ多数の感染者からの死亡は2030年までにさらに増加することが想定された(1)。そのため、WHOは2016年に2030年までのウイルス性肝炎のeliminationを表明し世界的なウイルス性肝炎撲滅対策に取り組むことを公にした(1)。現在日本はHCV eliminationが2030年までに達成が想定される国の一つであるが、世界的には目標達成の進捗は順調ではない。2019年にHBV、HCVとも150万人の新規感染があり、それぞれの感染者数は2億9千6百万人、5千8百万人、感染に関連した死亡は82万人(45-95万人)、29万人(23-58万人)とされる(2)。2022年に発表された新たな目標として、新規感染と死亡をHBV、HCVとも 50 万人まで減らすことと5 歳未満の子供の HBsAg を 0.1% 未満に減らすことが示された(3)。

 本邦の感染者は、これまでの検査、治療により大きく減少しているが、2011年でHBV百12万~百27万人、HCV98万~百58万人(4)、2020年でHBV 93万~百8万人、HCV45~84万人と推計されている(5)。その中の過半数は未受検、未受療者と考えられ、eliminationには未受検者への肝炎ウイルス検査と感染者への現在の極めて効果の高い適切な治療の実施、感染者の立場では受検と受療が望まれる。なお、HBV制御後、HCV排除後のいずれの症例に対しても肝発癌に対するサーベイランスの継続は必要である。 

熊本市健康福祉局 田中 基彦

参考文献

(1)World Health Organization. Global health sector strategy on viral hepatitis 2016-2021. Towards ending viral hepatitis. Geneva: WHO; 2016 (https://www.who.int/publications/i/item/WHO-HIV-2016.06, accessed on 13 December, 2022)

(2)World Health Organization. Global progress report on HIV, viral hepatitis and sexually transmitted infections, 2021. Accountability for the Global Health Sector Strategies 2016−2021: actions for impact. Geneva: WHO; 2021 (https://www.who.int/publications/i/item/9789240027077, accessed on 13 December, 2022)

(3)Lancet. 2022 Jul 23;400(10348):251.

(4)J Viral Hepat. 2018 Apr;25(4):363-372.

(5)Lancet Reg Health West Pac. 2022 Mar 16;22:100428.

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