村の診療所 通勤編

 産山村診療所 井 清司

 

 県境の村の診療所に勤めて2年が過ぎた。
 「産山村はどう?」私の新しい職場をご存知の方が、冷やかし半分の口調で声をかけてくることがある。変わった勤務先を選んだものだと言いたげな反面、実際、どんな仕事や生活をしているのか興味もそこそこありそうな表情である。
 「通勤、大変でしょう?」続いてくる質問がこれだ。今回は通勤についてご紹介することにしたい。 
 朝6時に、10年以上乗っているトヨタのカムリで熊本市の自宅を出発する片道1時間半強の行程だが、ぐずぐずしていると、渋滞に巻き込まれ、遅くなってしまうからだ。10年程前はこの時間、市内を走っている車は殆どなかった。それが一変したのは熊本地震。熊本県民は地震以降とても早起きの働き者になった印象がある。それに輪をかけ、TSMC工場建設で、大津の丘陵地に高いクレーンが林立し、日本中のあらゆる都道府県のナンバーをつけた、様々な種類の車であふれるようになった。大津からは外輪山北トンネルの専用道路を走る。両脇の杉の山林が、広く伐採され、整地され、みるみる広大な工場用地に変身しつつある。
 トンネルを抜けると、赤水・内の牧。「阿蘇は朝霧・・・」と歌詞にあった風景になることも多い。(大観峰から見下ろせばきっと雲海になっているはずだ。)この辺りで標高500m、窓をあけると、ひんやりした霧がはいってくる。
 阿蘇谷を横断し、もう一方の外輪山を越える「滝室坂」が最大の難所。箱根駅伝の山登りの風景によく似たくねくねした急勾配の坂だ。(最近、この難所の坂をバイパストンネルが開通し、内装工事中で、あと1年もすればこの坂を昇り降りすることもなくなる。少し寂しい気もする。)上り詰めると標高800m、ここから大分県竹田市に向かってゆるい下り坂となる。途中、波野村から左折し、産山村への短い坂を上りつめると、広い草原のむこうに九重連山がみえてくる。毎回、大きく息を吸い込みたくなる風景で、季節ごとに草原と山は表情を変える。牛が草を食む草原をしばらく走り、右折して下れば、谷間にある診療所はもうすぐだ。
 通勤で古い愛車を駆ってドライブすることが趣味のようになった。
 

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