五校・熊大探検記

熊本託麻台リハビリテーション病院・済生会熊本病院 早野 惠子

 皆さまは卒業後、教養時代を過ごしたキャンパスを訪れたことがありますか?私は熊本大学卒で、教養科目の講義で毎年、熊本大学黒髪キャンパスを訪れていましたが、熊本地震後からコロナ禍の最近5~6年間はご無沙汰していました。
 今年の初夏、五高記念館の修復が終了して内部の展示も充実したとのことで、女性医師3名(入部祥子先生、藤本晴香先生&早野)で熊本大学の黒髪キャンパス探検に出かけました。
 誇り高いかつての五高の学生さん達は黒板の落書きさえも誠に高尚で(意味がよくわからない漢文等…)文武両道であり、加納治五郎先生も一時学長をされていたそうです。展示されている大学創業記念の自筆の祝辞を読み進めると、最後に
『 明治30年10月10日
  第五高等学校教員総代教授
         夏目金之助 』
という署名があり、夏目漱石の存在を少しばかり身近に感じました。
 一方、英語教師ジェームズ・マーター先生が帰国時に残されたニューヨーク州アルバニーで製造されたピアノ(1800~1895年頃製造)は、脚に優美な装飾があり、調律により、今なお優しい音色を奏でることができ、時々弾きに来る学生さんもいるとか…。同行の入部先生もモーツァルトのピアノソナタk.545の冒頭を試し弾きしていました。これら実際に使われていた教室や机と椅子、道具を見るにつけ、当時の学生さんたちの体格や授業の様子がリアルに想像できましたが、戦前は女性には門戸が開かれていなかったので、現代に生まれた幸運を感じました。
 次に、熊本大学工学部研究資料館(重要文化財 旧機械実験工場)を訪れると、丁度開館日(毎月第三木曜)に相当していて内部を見学できました。明治41年竣工、アーチ状の大小の窓を伴う美しい煉瓦造りの建物の中で、明治39年に据え付けた一五尺旋盤のベルトが、今なおダイナミックに稼働する姿はまことに壮観で感動を覚えました。これらの貴重な機械は、明治時代はほとんどのものが米国製、大正から昭和初期にドイツ製、そして昭和6年に日本製(足立製作所)が登場し、昭和10~14年には熊本高等工業学校制作の実習用旋盤が据付けられて、これらは動態保存されています。
 ハーバード大、ブラウン大などアイビー・リーグの諸大学では、卒業式の日などに合わせて節目の記念同窓会を開催、ホームカミングデーとして母校の講堂や校庭に卒業生が集結して、講演や行事が企画されるそうです。卒業生や在校生との交流なども行われ、その時に大学への寄付も募り、その週間は学内や寮を卒業生が訪れたり、寮に宿泊できる大学もあるようです。
 日本でも、名古屋大、東京大、早稲田大、同志社大などの記事を目にしており、熊大でも3年ぶりに第一五回熊本大学ホームカミングデー及び第七回熊本大学九州連合同窓会が来たる11月5日に開催されました。
 小川学長より、「卒業生の皆さま、どうぞ五高記念館や貴重な重要文化財などを見に来てください。また、各学年においても黒髪キャンパスの見学を盛り込んだ同窓会を開催されてください」との伝言を頂いて、黒髪キャンパスを後にしました。

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