地獄への道は善意で舗装されている

熊本中央病院 腎臓内科 野村 和史

 夏のボーナスが支給された6月30日。早速明細を開けてみると、支給額と銀行振込額の差に唖然とした。40%が所得税や年金などで控除されていたのだ。そういえば、ボーナスからは住民税は控除されないし、の固定資産税も払っている。消費税も約10%取られている。全部足すと50%を超えるのではないか。それに加えて、『2021年の税収は67兆円、過去最高』なんてい
う新聞記事を見つけた。怒りがこみ上げてきた。そういえば小学校の社会科で、『江戸時代の税金は五公五民という重税で、しばしば一揆が起きていた』と習った事を思い出した。なんといいタイミングで参議院議員選挙。民主主義万歳!減税を公約としている政党は多数ある。
 だが、ちょっと待てよ。なんで税金が高いんだ?年金の支払額が高いんだ?国税庁のホームページを開けて、国の一般会計歳出額を見てみると、2020年の社会保障費が約35兆円とダントツでトップ。以前無駄遣いの温床としてやり玉に挙げられていた公共事業関係費は約6兆円で見る影もない状態。日本年金機構のホームページを見れば、2019年の年金総支給額は約53兆円。厚労省が発表した2020年度の概算医療費は42.2兆円。なるほど、合点がいった。ということは、私の所得を食い潰している原因は高度医療と高齢化社会だな。けしからん。
 あれ、なんてことだ。自分の仕事が原因だったなんて。そんなつもり全然無かったのに。毎日、患者さんを診察して、患者さんと共に治療結果に一喜一憂して、雑用をこなし、当直をして、土日も必要があれば出勤する。社会にも役に立っていると思っていたのに。倫理的に正しいことをしていると思っていたのに。
 「地獄への道は善意で舗装されている」という諺を思い出した。この諺は、第2回十字軍を推進したクレルヴォーのベルナルドゥスが1150年頃に書いたと言われている。医療に関して当てはめると、医師・看護師・技師をはじめとするスタッフが患者さんのために頑張って治療している。患者さんをなんとかしたいという小さな善意が、患者さんを病から回復させている。もうだめか
もしれないと悲嘆に暮れている患者さんやその家族に希望を与えている。その場だけで見れば、素晴らしい話であることを我々医療者は体感している。それゆえに自己犠牲的な過剰労働も厭わないのだろう。
 ただ、その結果の総和が、社会保障費の爆発的増加に繋がっている。小さな善意の積み重ねが、重税感という重たい空気を作っていたのだ。
 石川啄木ではないが、「働けど働けどなお我が暮らし楽にならざり、ぢっと手を見る」の状態になっているのだ。頑張って、頑張って貧しくなっているのだ。この課題に答えを出してくれる政党・候補者がいれば、是非私の一票を投じたい。(7月1日記)

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