私の医療安全物語
熊本託麻台リハビリテーション病院 宮瀬 秀一
私の医師人生は40年目になる。ずっと消化器内科医として働いてきたが、原点は一内科医、まずは広く内科医として対応できるようにしたいと志してきた。
消化器内科医としては基幹病院での勤務が続き、専門的な診療の中には、観血的な危険性を伴う処置も多かった。治療中に患者さんが危険な状況になり、自分自身も凍りつくような場面に幾度となく遭遇してきた。必要な技術を習得するというよりもまずはいかに安全に検査や治療を行えるかが、重要な課題となった。学会や勉強会に参加しつつ、なるだけその道に熟練した先生方に教えていただいた。その病院にチームで赴いて教えていただいたこともある。危険を感じたら時間をかけない、深追いしないことにしてきた。それが私の医療安全の原点である。治療だけではなく、いかに早く正確な診断を行うかも医療安全として重要なことである。早急に診断をつけることがリスクの少ない治療法の選択につながる。診察や検査の結果、危険なニオイがして疑わしきものは、速やかに次の精密検査や診断的治療を行う。例えば消化器領域ならば、急性胆のう炎や胆管炎では抗生剤投与で経過観察を行うことは少なかった。すぐに経皮的あるいは内視鏡的に胆道ドレナージ術を行う。治療のタイミングを逃すと予後不良な胆道感染症は敗血症から死に至るものもある。そうすることであとの経過も良好なことも多くて気持ちが楽である。急性腹症を疑う場合にも一度は早いうちに外科医にも相談しておくことも大切である。昨今の糖尿病薬や循環器薬はじめ新しい薬剤についても使い方、あるいはどのような効果や副作用があるかについても内科医、というより臨床医としては理解しておく必要がある。薬の使い方に疑問があれば、薬剤師や専門医に質問できるようにしておく。
高齢者の多い入院患者では、転倒転落、下肢静脈血栓症、肺血栓塞栓症(エコノミークラス症候群)も常に気をつけておく必要がある。前任地からこの十数年間、高齢者の誤嚥性肺炎・窒息などに関しての問題には、否応なく直面してきて何とかしないといけないと思ってきた。何せ高齢者の圧倒的な死亡原因である。最初は歯科衛生士さんによる口腔ケアの普及にはじまり、言語聴覚士や看護師さんとの摂食嚥下訓練のレベルアップ、誤嚥性肺炎でも難治性の耐性菌出現も少なくなく抗生物質の投与方法を含めたクリニカルパスを作成し、専門家にもチェックしていただいた。また幸い今の回復期病院では、多職種で構成する摂食嚥下チームや栄養サポートチームと楽しく仕事ができていて、いかに誤嚥を少なくするかや患者さんが美味しく口から食べられるようにしてあげたいとチーム一丸で取り組んでいる。
当院では嚥下造影検査も嚥下内視鏡検査も主治医含めて多職種で行い、評価検討している。
残念ながら経口摂取ができない患者に対しては胃瘻造設術(PEG)や経皮的食道瘻(PTEG)を選択することもある。その際にも安全に行えるように熟練した他の病院の先生方と協力して対応している。
そうは言っても、医療安全対策をしていても医療の現場では、一定の確率で医療事故は起こってくる。患者さんは、病院に対して専門職としての医療と安全に期待している。医療者は、医療が安心安全なものでもなく、結果も不確実なものだと実感している。医療行為の結果が患者の期待していた結果や転帰とは異なることは少なくない。医療現場での患者・家族への関わり方やコンフリクト時も含めた対応の未熟さ、事前の説明不足(期待通りの結果が伴わないことやうまくいかない可能性についての説明不足)により認知の齟齬が生じてしまう。医療対話推進者(医療メディエーター)は患者さん側と医療者側に中立的に関わり、対話を促進して共有する情報を増やしていき、もともとは良好であった関係を再構築していく役割をする。医療安全にもつなげていく。私はこの患者さん側と医療者側の架け橋となる医療メディエーターとしてや、育成にも10数年院内外で活動している。
5年ほど前からは、日本医療ピアサポート協会の研修会で医療ピアサポーターという『医療事故に関わった医療者に寄り添う支援』についても学んでいる。医療事故の当事者になった医療者が心に深い傷を負って、休職や離職することは大変悲しいことである。このような状況での医療者の声を聴き、寄り添って支援していくのが医療ピアサポーターだが、普及までの道のりはまだ遠い。
最近はこれまでに述べた医療安全に関すること以外(いろんなハラスメントも含めて)にも関心を持っている。若い人でまだ仕事に自信が持てなかったり、心に不安を抱いていたりする医療者がいることを想定して、寄り添って支援し、心理的に安全な組織文化が拡がっていくことを願っている。要はすべての職員の尊厳や医療従事者マインドを保って安心安全な環境つくりに少しでも寄与できればと感じている。
いずれにせよ、私はまだ内科も含めて日常診療では、日々修行中であり、私の医療安全物語は続いていくのである。